| 木原光知子さん急逝 |
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| 1964年の東京五輪に水泳選手として出場し、引退後はタレントとしても活躍した木原光知子(きはら・みちこ、本名木原美知子)さんが18日午前1時25分、くも膜下出血のため神奈川県内の病院で死去した。59歳。 通夜がこの日夜、東京都目黒区の斎場で近親者だけで営まれた。 後日、お別れ会を行う予定。
13日にプールで倒れ、帰らぬ人となった。 木原さんは13日午後、神奈川県平塚市で開催された親子対象の水泳教室指導中に倒れた。 プールの中で突然意識を失い、平塚市内の病院に運ばれたが、5日後に息を引き取った。
突然の悲報に、木原さんをよく知る人は「酒豪だったが、つまみには脂ものを一切食べず、野菜スティックに粗塩を付けてボリボリと食べていた。健康に気を使っていたのに…」と声を詰まらせた。
倒れる前日の12日には、代表を務める「ミミスイミングクラブ」のスタッフに「しっかりやろう!」と激励。 関係者は「変わった様子などなかった」と振り返った。 また、今月6、7の両日には、木原さんが大会委員長を務めた女性による水泳大会「ウーマンズ・スイム・フェスティバル」が行われており、「この大会に全力投球した。その後"疲れた"と漏らしていた」(関係者)という。 この時には五十メートル自由形にも出場。 泳ぎを見た人は「あんなに元気そうだったのに」とショツクを隠せない。
私生活では大腸がんを患った母親の看病に力を注いだが、その母親を残して旅立った。
活躍は幅広い分野に及んだ。 東京五輪では女子四百メートルメドレーリレーのアンカーとして自由形を泳ぎ、4位入賞に貢献。 自由形の日本記録を何度も更新する実力とともに、愛くるしい笑顔と「ミミ」の愛称で親しまれ、一躍アイドル選手に。
日大在学中に競技を引退しモデルに転身。 「クイズDEデート」など、バラエティー番組でも人気を集め、女優としてドラマや映画にも出演。 最近もTBS「みのもんたの朝ズバッ!」でコメンテーターを務めていた。
2005年には日本水泳連盟理事に就任。 水泳指導を行い、自らも選手としてマスターズ水泳の普及、発展にも貢献した。
◆木原 光知子 (きはら・みちこ) 本名・美知子。 1948年(昭23)4月5日生まれ 岡山県出身。 岡山・山陽女子高在学中に東京五輪に史上最年少(当時)の16歳で出場 1968年のメキシコ五輪日本代表選考会に落選し、現役引退。 1971年に日大文理学部卒業後、タレントやスイミングアドバイザーとして活躍。 2005年には日本水泳連盟理事に就任。
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10月19日(金)07:50 | トラックバック(0) | コメント(0) | 芸能 | 管理
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